KEMの木育

北大ポプラ並木再生支援記念品

北大ポプラ並木再生支援記念品

 学生時代に自分でデザインしたパズルを作るために、カンナで板を削ったことが木と出会うきっかけとなりました。「木とは相性が良いな。木が好きだな」と、その時に感じました。自分の手で作ることは楽しく、出来上がったもので喜んでくれる人がいることは素敵なことです。これからのデザインには年齢や障害などのバリアを越え、人に喜びや楽しさをもたらすことが求められるでしょう。私は木工デザイナーとして木の遊具や生活用品を作ることや、図書館、幼稚園など子供たちが過ごす空間に木を使うことで多くの人に木の魅力を伝えたいと思います。

 平成16年9月、北海道の森林は台風18号の強風で大きな倒木被害を受けました。この時、北海道大学のポプラ並木も51本中27本が倒壊しましたが、全国から並木の再生を願い義捐金の申し出が相次ぎました。これを受けて並木再生への試みがなされ、木工や音楽関係者などが倒壊したポプラ材の活用にボランティアで協力しました。私も自分にできることは何かを考え、寄付への感謝の気持ちをあらわす記念品のデザインをさせていただきました。これも木育です。

 このような活動を通して、なによりも私自身が木から多くのことを学び、今の自分は木に育てられてきたのだと感じています。そして、これからも木に寄り添って木と共に生きてゆきたいと思っています。


木育授業

 H21年度(2009年)から津別町独自の取組みとして、津別小学校と中学校で継続的に「木育授業」を実施することになり、私が小学校を指導させていただくことになりました。

 網走郡津別町は町の総面積の約9割が森林です。明治35年頃より開拓がはじまり、豊かな森林資源を利用して木材加工・木製品の製造など林業に関連する産業が発展して来ました。
昭和35年頃には人口15,000人となり、木工場も25件以上ありました。現在は人口も6,000人に満たないほど減少しましたが、いまもオホーツク圏の木と森の町として木材生産量日本一を誇り、日本有数の合板加工会社・丸玉産業の本社(津別工場)があります。

津別町 最上のミズナラ(樹齢:推定1200年)

津別町 最上のミズナラ(樹齢:推定1200年)

 1984年、津別町木材工芸協同組合で木工品開発のお手伝いをはじめるにあたり、私は「木のつべつの木デザイン計画」を作り町に提出しました。それは「愛林のまち津別」にふさわしい木の「モノづくり」は「人づくり」にもつながるとの思いからでした。

 

 

木育体感講座

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